今日もいいことありそう♪♪♪

電撃結婚した私の、異国(ココ)の地に根を張るぞ!第2章。
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義理姉のアメリカ訪問

ソーダ君のお兄ちゃんファミリーが
ニュージーランドに引っ越してから
1年と4ヶ月が過ぎました。

そんな中、今回義理姉のみがお友達の結婚式参加の為に
16日間、シアトルに戻って参りました!

家族中が狂喜乱舞でした!

義理姉は、友人が非常に多く、ファミリーと過ごせるのも1日のみ。
一日に何組もの友人らと再会し、非常に充実した里帰りとなった模様です。
レンタカーしてましたので、その走行距離ったら。
日本の本州縦断を3回くらいやったんじゃないでしょうか?

さて、いよいよ義理姉との再会の日が近づいてきました。
義理姉たっての希望で、ソーダ君パパのお家での再会となりました。
スポケーンから末の義理妹も子連れでやって来たり
皆が、義理姉に会う為にソーダ君パパの家へ集合。

再開のその時、たまたま私は外におりまして
義理姉の運転する、赤いピカピカのレンタカーが家の前にとまり
義理姉が手を振っているのが見え、私も手を振りながら
車に近づいたのですが、
義理姉は、他のファミリーより一足先にニュージーランド入りしてたので
1年5ヶ月ぶりに見る彼女。

車に歩み寄りながら自然に泣けてきまして
義理姉が車をとめ、外に出ながら私の涙を見たせいか
義理姉まで泣き出して
道路(と言っても、田舎の道路ですがね)の真ん中で
2人で抱き合って、おいおい泣けた再会でした。

恐らく。
この再会は、義理姉と私のみが通じ合った抱擁だったのでは?
国を離れた者に通じる何か、ね。

何気に皆、義理姉のそばを離れず
夜も、皆でリビングに並んで座り映画鑑賞(笑)
翌朝も、義理姉自らピザ生地を手作りし
ランチ用にピザを大量に皆の分焼いて、
そのまま次の予定に向かって去って行きました。

そんな義理姉が、16日間の滞在を終え
37時間のフライト&待ち時間を経て
無事にクライストチャーチ(NZ)に着いたと
先ほどラインが入りました。 

またいつもと同じ距離感での[ライン]トークの始まりです。
でも、再会して、エネルギーが混ざったりした分
以前とは、また全然違う距離感にもなってる気がします。

歴史は繰り返される?の巻き。

プリンちゃんは現在7才を生きておりますが
よそ様のお子と比べたら、まだまだ幼い感じがしますが
私自身の7才の頃と比べると、随分しっかりしているなぁ、
という印象もあります。

どこまでわかっているのか、少し前から
ティーンエイジャーという区分を自分の中で設けておりまして
いわゆる親の言うことを聞かなかったり
公共の中で騒ぐなど、マナー違反のことをしたり
そうゆうことをする人種は、プリンちゃんの中では
「ティーンエイジャー」みたいです、どーも(笑)

そんな矢先、プリンちゃんと一緒に外出するのに
(と言ったって、そこら辺ですょ)
玄関を出て、鍵をかけていると、何故かプリンちゃんが

「ママのこのスタイル、ティーンエイジャーみたい」

思わず、

常日頃の若作りを見破られたか!?


と、ドキッとしましたが、いぇいぇ、その日だって
別に普段の装いでしたのょ。
別に服がティーン用でも、若作り用でもないんだけどね~。(^^;

そして思い出したこと。
ワタクシが中学2年の夏。
うちの父親がえらく気に入って着ていたTシャツがあったんですが
何と、同じクラスの男子も、父親と同じTシャツを着ていることがわかり

本当に恥ずかしかった!

プリンちゃんには、まだ恥ずかしいなどと思う感情はないようですが?
このままいったら、歴史は繰り返されるのか?!?な状況に。

まぁ、しょうがない。血は争えない、ということで
納得してもらおう。














 

風薫る5月に。

ご無沙汰しております。
何かかやと忙しくしておりました。
専業主婦で子供も一人なのに
暇だぁ・・と思う暇がないというのは嬉しい悲鳴です(笑)

さて、ここ北の大地も風薫る5月に入りました!
先週は、最高気温が13℃くらいの日が何日かあったりしましたが
5月に入ったことですし、そろそろ暖かく、いや
一気に暑く、、、、は、ならないだろう、この土地では(苦笑)

ぼちぼち更新始めていきたいと思います~。

シアトルにも響いた『花は咲く』

3月13日、春の嵐が吹き荒れ
あちこちで木は倒れ、道がふさがれたところが出たり
ほうぼうで停電が発生する中
シアトルでも(正確にはシアトルの郊外ですが)
3.11の東日本大震災の為のコンサートが開かれました。

そのコンサートへ私も出かけましたが
何と、コンサートが始まる前に停電発生!
ところが、誰一人帰る人もなく、パニックにもならず
皆がコンサート会場へ集まり
恐らく限られた自家発電を使って
限られた音響を使ってのコンサートとなりました。
ちなみに、トイレは真っ暗でした!(当たり前だけど。苦笑)

     

私達も、プリンちゃん、ソーダ君は勿論
義理パパ、義理ママも呼んでのぞみました。
お国の一大事イベントですしね。

正直、こうやって集ったり、勿論募金をしたりもしますが
具体的にこうゆう行為が、東北の人達の『今』に
どうつながるのかわからないですが。

これだけではないけど、こうゆうシチュエーションの時に思うのは
やはり、自分は自分の人生をちゃんと生きないと!
ということですね。

ボランティアの方々、魂にふれる歌声を聴かせていただいた方々
停電の中、本当にお疲れ様でした。
このイベントが、何か意義のあることに
つながっている、つながっていくことを願いつつ。 

私が見た、女川

今日は、東日本大震災が起こった日です。
ネットニュースで、またさまざまな記事を読み
その中に、いまだ仮設住宅で暮らす人達のことが
書いてありました。
阪神淡路大震災の時は、震災から5年後には
仮設住宅がなくなっていたという話しですが
今回の東北はなかなかそうもいかないようで
私が2013年に訪れた、宮城県女川は
最長、19年度まで仮設住宅が続くらしい。

プレハブ仮設は居住性が悪く、建築基準法は入居期間を原則2年と定めるが、1年ごとに延長が重ねられてきた。入居者が全員退去する時期の見通しを聞くと、最長の19年度と回答したのは岩手県山田町、大槌町、宮城県石巻市、女川町。


2013年の時の写真を置いておきます。
全て、女川です。

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